Too-min男 もしくはあるジャンキーからの手紙

 それは真冬のある日あるジャンキーからメールが届きました。
 短い本文に添付されていたHTMLファイル。このファイルは煮るなり焼くなり好きにしろ、だなんて、きっととてつもなく恐ろしい代物に違いない。しかも送ってきた相手が相手です。私はそれはもう恐る恐る悪魔のファイルを開いたのでした。


 初夏のある朝突然性欲が失せてしまった。
 本当です。紛れもない真実なのです。
 事の経緯はこうです。今年の春に新しい恋人が出来ました。彼女から告白されて、可愛いので付き合うことにしました。前の彼女と別れたばかりで、僕はたいていそういうの引き摺っちゃうので、しばらくは誰と付き合っても本気にはならない、で、相手に迷惑掛けちゃうんだろうな、と思ってました。でも寂しかったのです。7月のとある休日、2人で動物園に行き、ヒグマの檻の前にいました。僕は動物と話すことが出来るのですが、この辺の理由は端折ります。まあ兎に角、嬉しそうに熊を眺める彼女の横で、僕は彼と猥談を交わしていました。「人間のメスん中じゃ上玉だろ、それ?」「まーね」「ヤった?」「いや、まだ」「オメーら年中ヤってんじゃねーかよ」「奥手なんだよオレ、アンタどうなの?奥にメスいんじゃん」「昨日で発情期終わったからな、それに今年ヤバかったんだよ、冬眠中に溜められなくてよ」冬眠中に溜める? そう、彼によるとアレはただ寝ているだけではなく、性のリビドーをひたすら蓄積する儀式のようなものでもあるらしいのです。今年の春、とある山中で捕獲されて動物園に連れてこられた彼なのですが、近所のダム開発工事のおかげで眠りが浅かったらしいのです。・・・よねえ?と話掛ける彼女の声で僕は我に返り、まだ何か話したげな熊と檻を後にしました。彼女がソフトクリームを食べ終わるのを見守っていました。無地のハンカチで口元を拭きながら何故かモジモジしている彼女が、淡い紅色の布切れをちろと軽く舐めたその刹那、僕の中にこれまでなかった彼女への感情が湧きあがったのです。その日の夕方から仕事絡みの別件が入っていたのですが、彼女を送る車の中で僕は彼女に、明日は泊まりにおいでよ、と言いました。自分でもビックリしました。彼女は小さく、うん、と頷きました。その日クタクタになって布団にもぐりこんだ僕はすぐに眠りに落ち、不思議な夢を見ました。こんな夢です。
 暗闇に僕が立っています。そして意味もなく泣きじゃくっている。その涙も枯れ、しばらくすると突然目の前にだけ視界が開け、昔の彼女や母親が次々に現れました。最後に恋人が現れました。見た事もないのに、何故か全裸です。僕は彼女の髪や柔らかそうな胸に触りたいと思い手を伸ばしました。そこにはただ固く冷たい感触があった。それはただの鏡だったのです。
 で、その朝からなのです。モノがピクリともしない。それまで、自分の性器との繋がりは確実に体中を満たしていた。その交感神経全てを失ってしまったような気分です。夜、彼女を家に招き入れ、お茶を出し、いつものように文学談義をしました。彼女は僕にあらゆる興味を持っているようで、僕の持っている本やレコードからキッチンの皿にいたるまで、部屋にある色んなものについて質問をしました。悪い気はしません。いつになく小奇麗な格好をした彼女は愛らしく、美しかった。でも、それだけだったのです。僕は彼女をベッドに寝かせてソファーに転がり、おやすみといって電気を消しました。眠れませんでした。僕はせめて彼女の寝息を聞きたいと思い耳を澄ますのですが、時折静かに響くエアコンの音以外、何も聞こえません。何時間経ったのでしょうか。彼女は起きていたと思います。僕はずっと、彼女の昔話や、趣味や、声や姿形の事を考えていました。そして閉じた目の中に現れる闇が、重く重くのしかかっていた。長い夜でした。本当に、長い夜でした。ふと、今日は満月だなと思った瞬間、眠気が襲ってきました。ふわりとそこに落ちる瞬間、しばらく目覚める事はないだろう、そんな想いに囚われながら、僕は眠りにつきました。


 読み終えて私は、今になって私が昔書いたものをリライトしてくれるだなんて、本当ジャンキーのすることだけはわからないなあ、と思いました。
 でも煮ても焼いてもいいということなので、せっかくだし、シチュー鍋で弱火をもってコトコト煮込んでみました。今朝一番に食べてみたら、なぜだかちょっと酸っぱかったです。やだなあ、一体何が入ってるんだろう、これ。


いただきものTOPに戻る