1.「猫に説教」

 せっかくお昼寝していたら、猫の額ほどの我が庭がぎゃあぎゃあとやかましい。いらつきながらカーテンを開けると、汚らしい猫が必死にセックスしていた。
 なんだか無性に腹が立って、バケツにたっぷりの水を入れると一気にぶっかけてやった。
「ふぎゃあ」
 驚いた声の後に、
「自分のおまんこが干からびてるからって、ひがんでんじゃねーよ!」
 そんな捨て台詞とともに、猫たちはぴゃぴゃぴゃっとどこかへ走り去っていった。
 冷めやらぬこの怒り、一体どこに持っていったらいいのだろう。



2.「遊泳」

 仕事帰り、なんとなくその気になったもので、空を飛んでみた。やっぱり飛べた。
 脳みその中で空を飛ぶときはいつも平泳ぎだったので、そのとおりにしてみた。うまくいった。空気を蹴りつけるたびに、体がうおんと前進して、気分がいい。
 耳元で空気のちゃぽちゃぽいう音が聞こえる。やっぱりここは水だったんだなあ。
 本物の水と違って息継ぎがいらないもので、なかなかご機嫌だったけれど、やっぱりスカートをはいているのは失敗だったかもしれない。かえる足をするたびに私のパンツは下界に丸見えだろう。
 恥ずかしくてこの道はしばらく使えないな、と思うにつけ、やっぱり泳ぐには水着だな、と実感した。



3.「努力」

 そこそこかわいい顔なのに童貞だと噂の後輩がいる。
 非常に興味を抱いた私は、彼を食事に誘った。ちょっと強めの酒を飲ませたら、あっさり陥落したもので、介抱するふりをして部屋に連れ込む。
 ベッドに転がし、張り切ってフェラチオしていると、やがて彼が目を覚ました。そして自分のペニスが私の口の中に入っているのに気づくと、慌てて飛びのいた。
「やややややめてください!」
 傷ついた。
「どうしてよ?」
「僕は死ぬまで純潔を守り通すことにしてるんです」
「どうしてよ?」
「だって幽霊が見えなくなっちゃうじゃないですか!」
 色々問い詰めたくなったけど、とりあえず無理やりフェラチオを再開した。ふにゃふにゃだったペニスはあっという間に元気になってしまい、なんだかちょっとかわいそうだった。



4.「防衛機制夫婦」

 美容院で失敗して非常にむかついていたので、とりあえず夫のみぞおちにワンパンチ決めた。
 うなる拳を見事に食らい、腹を立てた彼は、私の首筋に馬場チョップをお見舞いする。
 負けてられぬ、と、股間を蹴り上げようとしたが、すんでのところでかわされ、結果、左太ももを蹴りつけることとなった。
 夫は痛みに顔をゆがめながらも、蹴り上げた私の足を掴んで思い切り投げ倒した。ものすごい勢いで床に打ちつけられ、目がちかちかした。
 とどめを刺そうと私の体に乗りかかってきた彼は、そこでなぜか欲情したらしく、激しいディープキスを繰り出してきた。
 負けてられぬ、と、大いにそれに応じ、そのままセックスするに至った。へこへこ腰を振ったら、気持ちよくて、何もかもどうでもよくなった。
 射精の後、「ママちゃん抱っこちてぇー」と迫られたので、「あたちも抱っころりんちてくだちゃい」と応ずる。
 めでたく抱きあったのはいいが、あまりに苦しかったので腹が立ち、ペニスを思い切りひねりあげてやった。その瞬間、頭をしたたかに殴りつけられた。
 飛び起きて体勢を整え、じりじりと間合いをとりながら、この人とだけは離れられない、と思う。



5.「遊泳その2(または生きるということ)」

 日課のオナニーをすませて、ティッシュペーパーをゴミ箱に放り投げると、隙間から漏れた精子たちが、ものすごい勢いで天井まで飛んで行って、跳ね返って落ちた。



6.「父の夢」

 私のお父さんはいつも釣竿を磨いています。ですが私は、お父さんが釣りに出かけるところを見たことがないのです。
 一度気になって聞いてみたことがあります。
「お父さんは釣りに行かないの?」
 彼は悲しそうに笑いました。
「釣りたくても、釣るものがないんだ」
 お父さんは来る日も来る日も釣竿を磨き続けます。娘として、段々その背中を見ているのが辛くなってきます。一体どんなすごいものを釣ろうとしてるんでしょうか。
 ところが、です。今年のお父さんはなんだかちょっと違うのです。釣竿を磨く手がいつもよりいきいきとしてる感じ。
 ある日ついに私は彼の独り言を聞いてしまいました。
「ついに来るぞ、今年は来るぞ、阪神優勝!」
 あれ? お父さんときたら、いつの間に阪神ファンになったのでしょう。
「今年こそ、道頓堀で阪神ファン釣りをするんだ……!」
 私のお父さんは壮大なのかケチなのか、よくわからない人なのでした。



7.「お願いきいて」

 我が近所のスーパーが意外に穴場だということ、みんな知らない。
 普段は手首に輪ゴムを巻きつけているような主婦がひしめいているそこに、それは年に1度訪れる。
 6月も下旬を向かえ、店頭にひからびた笹とたくさんの短冊が並べられると、知らず、私の胸は高鳴る。
 そして今年も七夕が来た。
 期待に震える体をなんとか落ち着けながら、色とりどりの短冊を見つめると、あるわあるわ。
「一妻多夫制が認められますように」。
「ウチの旦那の早漏がなおりますように」。
「パート先のジュンヤくんをゲットできますように。そしてそれが主人にばれませんように」。
「姑が早くお亡くなりになりますように」。
 ああ、早く私も結婚したい。



8.「決意」

 したたかに殴りつけられて、最後には蹴られ。めそめそ泣きながら、沁みる体をシャワーで洗い流す。顔を覆った血が、体の輪郭を辿った後タイルにストライプ模様をこしらえる。
 風呂を上がると、私に暴行を働いた相手は、既にしれっと眠りこけていた。
 もう生きていけない! わあわあ泣きながら、台所に向かい、包丁を探し出す。彼を殺して私も死ぬんだ。そう決意した瞬間だった。
「ひーよこちゃんのーぴーよちゃんはーぴょっぴょっぴょっひーよこちゃんのーぴーよちゃんはーぴょっぴょっぴょっひーよこちゃんのーぴーよちゃんはーぴょっぴょっぴょっ」
 寝言だった。
「ぴよちゃん、だめだよ。そんなことしちゃ! おまわりさんに叱られちゃう!」
 慌てて、いつもの大学ノートにそれをメモしながら、この人だけは殺しちゃいけないと、あっさり決意しなおした。



9.「マッサージ」

 頭痛がひどいので、こめかみをぐりぐりしていたら、すぽんと穴が開いてしまって、ああ、どうしよう、と慌てているうちにも指はどんどん埋まっていき、最後に脳みその温かみに触れたとき、妙な安心感を得た。
 とても不思議なことだと思う。



10.「遠い道のり」

 彼が避妊に失敗したとき、それだけでも充分悲しかったです。ですが何よりも嫌だったのは、おなかから無数の声が聞こえたことなのです。
「ばかやろー、俺の行く手を阻むんじゃねー」
「お前こそ何だよ、こうしてやる」
「うわ、いて! いて! やめろよ!」
「ばーかばーか、お前の母ちゃんでーべーそー」
 私はびっくりして、下腹部に両手を乗せました。その間にも絶え間なく声は聞こえてきます。
 それを伝えようと瞳を上げると、彼は既にいびきをかいて眠りこけており、私はますます悲しくなったのでした。



11.「交尾」

 トイレに座って一息ついたところで、腿に違和感。恐る恐る見下ろすと、股間から男性器が、いかにも申し訳なさそうにぶらさがっていた。
 私は女であったはずなので、少し慌てつつ、根元のほくろに見覚えがあることに気づく。去年別れた男のそれだ。
 懐かしいそれを、つん、とやってみた。指先は海綿体のすべらかさを捉えたが、肝心の股間には何の刺激もない。何度も何度も突付いてみた。すると私自身は何も感じていないのに、ペニスだけは元気よく勃起してしまい、ますます驚いた。
 勃起したそれの処理に困り果てていると、再び股間に違和感。これはよく知っている。膣に指を入れて、かき回されたときの、あの。はぁはぁと荒い息の中、ないはずのヴァギナがきゅーんと締まっていくのを感じる。
 このちんこがあの男のものだとして、私のおまんこは今、誰が持っているのだろう。それを不安に感じる間もなく、私は絶頂に達した。



12.「同士」

 隣町の廃校にプールで溺死した少年の霊が出ると聞いて出かけた。元々幽霊など見たこともない俺たちは、からっからのプールを見ても寒気すら覚えず、とりあえず缶コーヒーの蓋を開け、煙草に火をつけた。こんなもんだ。
 殊更ゆっくりと煙草を吸い終えたころ、一人の様子がおかしいのに気付く。
「おい、どうした、お前?」
 彼は視線を中空に見据え、ガタガタガタガタ震えているのだった。
「おい、大丈夫かよ、おい!」
 耳を澄ますと、口の中で何か呟き続けている。残り二人で彼の口元に耳を近づけてみて……、そして泣いた。
「セックスしてみたかったセックスしてみたかったセックスしてみたかった……っ!!」
 次の休み、俺たちは花束と線香とありったけのエロ本をプールに捧げ、神妙に手を合わせた。



13.「交尾その2」

 ある朝目覚めたら、クリトリスがペニスに変わっていて、うわあ参ったなと会社を休み、朝の再放送のドラマとか見ているうちにもペニスはぐんぐんぐんぐん伸びていき、これは勃起するだけで貧血になりそうだ、とか、私に女のまんこは舐められるだろうか、とか、人生について深く考えさせられる結果となった。


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