人生相談
ある日、僕の元に人生相談が届いた。それは封書で、表書きは確かに僕宛。リターンアドレスは全く知らない名前である。中を見ると便箋3枚にびっしりと「友達とうまくいかないんです」旨の相談が書かれていたので仰天した。
それが契機だった。それからというもの毎日毎日僕宛ての人生相談がどしどしと届くようになってしまったのだ。老若男女、それはもう、さまざまな相談が。
もちろん思い当たるところはない。どうして自分みたいな中学生にいきなり人生相談のお手紙が届くのか、どうして身も知らぬ人たちが僕の住所と名前を知っているのか、さっぱりわからないのだ。困惑する僕を尻目に次々届く手紙たち。そのせいで我が家のポストは常に満杯状態だ。僕は両親と妹にいわれのない非難を浴びるはめになってしまった。
それでも最初のうちは、その心の叫びを無視するのがどうしてもできなくて、一生懸命僕なりの考えを書いて、返事を送っていた。それは大変骨の折れる作業で、僕は1日に何時間も机に向かうはめになった。
困ったのが「夫の浮気が発覚しました。離婚しようと思うのですが」という相談と「彼氏が普通のセックスじゃ満足できないって言うんです」という相談。とても僕の手におえそうにない。しかし僕は律儀にも「僕は中学生なので、そういうことはよくわかりません」なんて返事を書いて、郵便ポストに投函したのだ。返信の切手のために、こつこつ預金していたお年玉を崩しさえしながら。
でもこんな日々が2週間も続くと、いい加減嫌になってきた。両親と妹だって、とうとうポストだけに納まりきらず、地面にばたばたと落ちている封書の群れに、怒り心頭。それに考えても見てくれよ? 僕はまだ中学生なんだ。いわゆる思春期ってやつ。バットで窓ガラスの1枚くらい割ったって、ちっともおかしくない、そんなお年頃なんである。そう、人生相談したいのは、まさに僕のほうなんだ。進路も部活も担任も恋愛も、うまくいかないことだらけ。他人の相談に乗ってる場合なんかじゃない。
そしてついに人生相談を投げ出すことになったのは、ある手紙がきっかけ。その手紙は初めて僕の知っている相手から届いたものだった。
僕と同じ中学で同じ学年で、去年同じクラスだった女の子。
ついでに言うと、と言うより、これが最も重要なのだけれど、僕のひそやかな片思いのお相手でもある。
そんな彼女から手紙が来て、僕はおそるおそる封を開けた。
「こんばんは。相談したいことがあります。
それは恋の悩みです。
私は中学生の女子です。そして実は好きな人がいます」
僕はここで、いったん便箋を裏返した。そして深呼吸。先を読むのが楽しみなような、怖いような。ちょっと落ち着く必要がある。
「その人は、同じ学校のサッカー部の男子です。
彼はとってもモテモテです。女子のほとんどが彼のファンと言っても過言ではないでしょう。
そして私も彼のことが……とっても好きなのです」
僕はすさまじいほどのショックを受けた。
だって僕はサッカー部でもないし、もちろんモテモテでもない。僕のファンなんて聴いたこともない。
彼女は……僕以外の誰かが好きなんだ。僕は失恋した。しかもこんな形で。
僕は泣きながら、彼女の手紙をゴミ箱に放った。他の人生相談も全て読まずに捨てた。その日から届く手紙届く手紙すべて、リターンアドレスも見ずに、ゴミ箱に投げつけることにしたのである。
思春期の僕にとって、失恋はこんなにも手痛いものなのだ。他人の相談なんて、くそくらえ、だ。
次の次の週、休み時間に僕は彼女に呼び出された。実は彼女と話すのはこれが初めてだったりするのだが、僕はちっとも嬉しくなんてなかった。
「ひどいわ」
果たして彼女は涙をためながら、僕を責めるのだ。
「どうして返事をくれないの? 私こんなに悩んでいるのに」
体育館の裏に、彼女の泣き声がこだまする。僕はもうどうにでもしてくれ、と投げやりだった。泣きたいのは僕のほうだよ、と。
その晩僕は久しぶりに机に向かい、そして短い手紙を書き上げた。
「はじめまして。相談したいことがあります。
僕は男子中学生です。普通の中学生です。本当に普通の中学生なんです。
相談したいのは恋の悩みです。
僕には好きな人がいます。でもある日、その人から『別の人が好きなの』と相談を受けてしまいました。
僕はとても辛いです。
いったいどうしたらいいのでしょうか?」
僕はその手紙を宛名を書かずにポストに投げ入れた。そうだ、僕だって相談されてばっかりでなく、時には相談したいのだ。だって嬉し恥ずかし思春期真っ只中なのだから。願わくば、どこかの親切な人の家のポストに届き、そしてその人が僕の悩みに応えてくれますように。
ところが次の日手紙はどういうわけか僕の家のポストに届いた。きっと呪われている。そう思った。
僕は他の手紙はいつものようにゴミ箱に捨ててしまい、僕のためにだけ返事を書いた。
「こんにちは、水野くん。そしてはじめまして。
僕にもわかるよ、その気持ち。実は僕も失恋したばかりなんだ。
辛いよね、悲しいよね。よくわかるよ。
だって僕もそうだから。そうだね、とんだ貧乏くじを引いた気分だよ。
でも僕は思うんだ。
君みたいなバカが付くほどのお人よし、きっとそのうちいいことがあるって。
そう思うんだ。
だって考えても見てくれよ。
これで一発逆転がないなんて、そんな人生悲しすぎるさ。
神様もそんな意地悪なこと、きっとなさらない。
きっといつか報われる日が来る。必ず来る。
その日までがんばるんだ。
僕もがんばるから……」
僕は泣きながらその手紙を書くと、次の朝ポストに投函した。
そしてその日以来、どうしたことか、ぱたりと人生相談の手紙が届かなくなったのだった。