桜の下には死体が、というのは、一体どこのキチガイが言い出したんだろう。でも僕はそういうの嫌いじゃないので、本当にそうなのかどうか、試しに行くことにした。若いって素晴らしい。

 でっかいスコップを片手に、意気揚々と近所の公園に向かった僕を迎えたのは、しょぼくれた爺だった。ランニングにステテコ姿の爺は全身汗だくになって、桜の根元をツルハシでガシガシやっている。うわあ、年寄りもなかなか馬鹿にできないなあ。

「どうですかあー?」

 僕の声に、爺は一瞬びくっとした後、恐る恐るこちらを振り返った。しかし僕が善良そうな人間に見えたのか、一応微笑んでみせてくれた。

「いやあー全くですなあー。ドボンです」

 爺は「ドボン」と言いながら、ツルハシを持っていないほうの手首をくりんと曲げた。そして肩にひっかけたタオルで汗をぬぐいながら、
「案外もう誰かに掘られちまったのかもしれんな」
と、ため息をついた。
「花見シーズンは人目があるから、散るのを待っていたんだが、それがそもそもの失敗だったかもしれん」

 その台詞にちょっぴりがっくりきたけれど、彼の掘った穴を覗き込んでみて、あっさり希望を取り返した。
 なんだまだ全然じゃないか。
 これだから老人は、と、いらいらくるのを押さえ、僕は朗らかな声を上げた。

「おじいさん、僕も手伝いますから、もうちょっとだけがんばりましょうよ」

 そして僕らは穴掘りに熱中した。いつの間にか、高かった太陽が民家の屋根を舐めるまでになっていたけれど、それにも気づかず、せっせと穴を拡大し続けた。
 爺も歳の割にはよくやってくれた。ときおり腰や肘や膝の痛みを訴えたが、僕がぶっちぎりで無視し続けたためか、やがて諦め、黙々とツルハシを上下させるようになった。

 公園の辛気臭い外灯にだけ頼って作業するようになって何時間か後、僕のスコップが何か固いものに当たった。
 ゴツッというその音に、僕らはお互いの顔を見合わせた。爺も爺の瞳に映った僕も、歓喜の表情をしている。
 そして次の瞬間、自分の年齢を忘れたのかのように、爺が猛然とツルハシを上下させはじめた。若者代表として負けてはならぬ、と、僕も慌てて彼に習う。
 現れたのは古ぼけた木箱だった。

「うひゃあ」

 爺が奇声を上げた。夜中に大声を出すのはご近所さんに迷惑だから、やめたほうがいいと思う。

「ついに、ついに……!!」

 爺はやたらに興奮して、素手で木箱のふたを開けようとした。厳重に釘打たれたそれは、ひ弱な老人の力でどうにかなるわけもなく、見かねた僕は爺をなんとか箱から遠ざけると、スコップで蓋を粉砕してやった。

 中に現れたのは……僕は今度こそ落胆した。
 箱の中には、まばゆいばかりの大判小判がぎっしりと詰められていたのだ。

「やったー! ようやく見つけたぞ!! わしが四十年捜し求めた埋蔵金!!」

 爺の台詞が説明くさいのがちょっと気になるけど、まあ、おかげで今の状況が腑に落ちた。
 それでも悔しいことには変わりないので、うきうきと小判に頬ずりしている爺の後ろにそーっと近寄って、スコップで思いっきり殴りつけてやった。

「むぎゅう」

 爺は変な声を一度出したきり、死んでしまったようだ。ようやく僕は満足して、爺をそのまま穴に埋めることにした。
 穴の再利用。なんてエコロジーな僕。
 さて、爺に土をかぶせようとスコップを振り上げたとき、あ、桜の木の下に死体がいるって本当だな、と気づいて、僕はますます満足したのだった。


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