ふたり

 私と妹は2分差で生まれた。ほとんど同じ顔同じ性格同じ環境で14年間生きてきて、ようやく運命が分かれるかもしれない高校進学でもあえて同じところを選んだ。
「似てるからこそ、ね」
 母は笑う。
「些細な違いが目立つんだよ」
 そのくせしょっちゅう私と妹を見間違える彼女を、姉妹ともども全く信用していなかった。父などはもうはじめから見分けることを放棄して、私たちを呼ぶときは「おーい、双子ー」なんて言い方さえした。
 私たちは待っていたのだ。私と妹とが違う人間であるということを、本当にわかってくれる人間の存在を。だから家からはちょっと遠い、2人の成績でも間違いなく入学できる、そういう高校をそろって受験することにしたのだ。

 だけど私だけが知っている事実があった。
 私より妹のほうがほんの少しだけ目鼻が整っていて、ほんの少しだけ明るい性格であることを。新しいお店に入るとき、そのドアを開けるのはいつだって妹だったし、美容院の予約をするのも、いつも妹のほうが一瞬早かった。1週間後、後を追うようにショートカットにした私だけれど、輪郭がくっきりと出る髪形は、私より妹のほうがずっと似合っていて、私は2度と髪を切らないことに決めた。
「サトミちゃん」
 高校入学して数ヶ月たったある晩、妹が私のドアをノックした。
「私、告白されちゃった」
 妹の発言に「ああ、また先を越されたか」と思った。しかし覚悟していたので、あまり驚かずにすんだ。
「どうしてサトミちゃんじゃなくて私なんだろう」
 私はラジカセを止めると、心底困惑している妹を見つめ返した。それはあなたがあなただから、と言いたかったのに、どうしても言えなかった。
「同じクラスの男の子なんだけど」
 ベッドに座り込むと、枕を抱きしめる妹。
「もし彼がサトミちゃんと同じクラスだったら、きっとサトミちゃんのこと好きになってたんだと思う」
 とても肯定できなかったけれど、しかし否定するにも自信がなく、私たちはただ黙り込んでいた。
「やっと現れたって思っていいのかな?」
 私を不安げに見つめる彼女の瞳は、やはり私のものより少し大きいように思えた。

 妹のとんでもない申し出を断れなかった自分を恨みつつ、そして私は週末の駅前に立っていた。
「おねえちゃん」
 彼女は頼みごとをするときだけ、私を姉扱いする。
「私の代わりに彼と会って欲しいんだ」
 どうして? と問い返すまでもなく、理由はわかった。妹は確かめたいのだ。それは私にとっても悲願のはずであったけれど、20分も前に待ち合わせ場所についたとたんに後悔した。
 確かめるまでもなく私より妹のほうが美しい。どうして自らみじめな気分を味わおうとしているのだろう。
 妹は帽子を深々とかぶって大きなサングラスをして、背後の植え込で息を潜めている。様子が見たいのだ、と言う彼女をとうとう止められなかったのも、やはり私の性格が少し暗いからなのだろう。
 ため息をつきながらベンチに腰掛けた。駅前にたむろする人々はみんな幸せの権化にさえ見えるのに。時計を覗くとまだ5分もたっていない。妹はずっと隠れ続けるつもりなんだろうか。

 もし告白されたのが私だったら、と考えてみる。
 妹を代わりにデートさせて、自分は滑稽な変装をして植え込みに隠れたりしてただろうか。「No」はっきりそう言えた。なのに、どうしてこんなにも私たちは。
 ふと、背後の気配が動いた。そちらを振り向きかけてぎりぎりこらえる。前方から同じ年くらいの男の子がこちらに向かってくるのがわかったからだ。
 妹の写真にいた子だと一瞬後に気づき、心臓が大きく跳ね上がった。心臓は跳ね上がった後もいつもの位置におさまることなく、どんどんバランスを失って跳ね続ける。きっと妹の心臓もそうなっているに違いない。
 彼はすでに私に気づいている。こちらをまっすぐに見て、まっすぐに向かってくる。逃げられない。彼が大きく手を振り上げて、「よう」の形に口が動いた。私は無意識に汗ばんだ両手をぎゅっと握り合わせた。そのまま目を閉じる。神様。
 妹もきっと、祈っている。それを確信しつつ、必死に心を落ち着かせようとした。
 彼がたどり着くまで、あと、数秒。


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