no-smoking

 喫煙所でぼんやりしていると、当然といった顔をして水野が現れた。
「中村先生の必修さぼんのは、さすがにやばいやろ」
 言いながら当たり前のように隣に腰掛ける。他の人間のように、座るなりバッグをごそごそしたりせず、それどころかのんびりと両指を絡め合わせてみせるのは、水野が5ヶ月前から禁煙しているから。それでも彼女が喫煙所にやってくるのは、数少ない友人である私がほとんどここにいるという理由以上に、「吸いたいという欲望を打ち負かすための鍛錬」なんだそうだ。
 お嬢様大学らしく喫煙者が中世の魔女なみに迫害されている我が校は、喫煙所が屋外に設置されている。でも私はそんな差別を恨んだりしない。晴れた初夏の空気は、田舎という代わりに「勉学に最適の環境」と受験生を騙さなくてはならないほどに澄んでいる。フィルタ越しの清涼は、私の精神を健康に保つ一端を、確実に担っている。
 特に今日この時だけは、私は煙草を手放すことができない。
「ここにいるって、なんでわかったん?」
 水野はこちらを見もせずに鼻を鳴らした。
「あんたみたいなジャンキー、講義さぼって図書館とかありえへんし」
 自分の単純さを呪いつつ、1本目を灰皿に押しつぶし、続けて2本目に火を点けた。こんなだからジャンキー認定されるのかもしれないが。
 それを大きく吸って吐くのと同時に、水野が呟いた。
「ふられたん?」
 彼女は相変わらず前を向いたまま。きっと私の目が憎しみに塗り込められていることにも気づいていないだろう。
「なんでわかるん?」
「珍しくあんたが講義さぼったのと、私があんたの男を寝取ったから、ちゃう?」
「やっぱりあんたやったんか」
「まあな」
 それきり何も言わない水野。満ちる沈黙。ニコチンが体に浸透するのを待って、ようやく言いたくてたまらなかった台詞を口にできた。
「なんで?」
 思わず大声になる。それに反応して振り返る彼女の表情は想像していたものと全く違っていた。
「自分、おもんないな。相変わらず」
 水野は怒っていた。
「あんたのそういうとこ飽き飽きや」
 言うなり、私がつまんでいた煙草をもぎ取り、自分の口に咥えた。大きく吸って、吐く。
「久しぶりに吸うとおいしいわ。でもこれ、久しぶりやし、や」
 まだたくさん残っている煙草を乱暴なしぐさで灰皿に落とす。
「ジントニ2杯で勃起しよったで、あんたの元恋人さん」
 ほなね。彼女は立ち上がると、さっさと学校に戻っていった。こちらを1度も振り返ることなく。大振りのユニクロ製バッグをゆさゆさ揺らしながら。
 それを見送りながら、私は無意識のうちに3本目に点火していた。


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