きみはペット?
ペットだったら駅裏にどれだけでも落ちているよ、と同僚に聞いて、そのとおり、1番好みのを拾ってきた。アッシュに染めた髪の隙間からピアスがちらちらと光っているその子を「トロ」と名づけたのは、いかにもとろそうだったからだ。
「キャリア志向の女に恋人なんて邪魔なだけだからね」
同僚はヌードな色に塗ったくった爪の先で細身のタバコを挟み、鼻から煙を吹き出した。
「あ、念のため。添い寝はアリだけど、セックスはナシよ」
その含み笑いが返っていやらしい。そういえば、私が男をとっかえひっかえしていた時期に先頭きって陰口を叩いていたのが彼女だった。
そのくせ彼女の言うとおり、のこのこ駅裏に向かった自分もあまり好きになれないのだが。
トロは予想どおり頭が悪く、あっという間にどろどろと懐いた。仕事から帰った私に、きゃんきゃんまとわりついてくる。
「瑞乃ちゃーん、おなかすいたよー」
初めはむっとした「ちゃん」付けも、すっかり慣れてしまった。そんな私もまた頭が悪いのかもしれないな、と思いつつ、コンビニ弁当を差し出す。
どうせ1日中暇なんだろうから、夕飯くらい用意すればいいのに。それとも畜生になにか期待するほうが、どうかしているのか。
「あれ? お弁当ひとつしかないよ?」
トロは雑食性で、どんなまずいものでもよく食べる。その様子を見ているうちに、いっしょに食事することそのものが苦痛になった、と本音を吐き出したら、このペットは一体どうするだろう。
「私は先にすませてきたから」
えー、俺を差し置いて、おいしいもの食べてきたんだー、ずるーい、を背中に受け止めながら、無言で浴室に向かう。家事もしない、セックスもなし。それでも飼ってやってるのに、どうして「ずるい」になるんだ。
同僚はどうしてこんなものを必要としているのか。熱いシャワーのほうが、私にはよっぽど価値がある。
「……お、お背中流しましょーか?」
湯船でぼんやりしていると、ガラス扉の向こうからおずおずした声が聞こえてきた。
結構です、と言いかけて、気を取り直したのは、彼にも仕事が必要だと思ったから。
「じゃあお願い」
ドアを開けたトロはタオルで目隠しをしていた。
「危ないよ」
「でも恥ずかしいし」
うんざりしつつ、無理やりタオルをはぎとると、情けない声で「うひゃあ」と言った。
「いいからとっととやって」
「う、うん……」
トロはぎくしゃくとスポンジにボディーソープを落とし、背中をじゃっじゃと磨き出した。さすがに男の力でこすられるのは気持ちがいい。私はうっとり目を閉じる。
「ねえ、トロ」
「んー?」
「あんた、童貞なの?」
「まさかー」
「なのに裸が恥ずかしいの?」
「だって瑞乃ちゃんは僕の飼い主だしね」
むっとした。
「なんでペットのくせに、飼い主の背中流してるの?」
背中の手が止まった。スポンジがだらしなくタイルに転がった。ああ、彼も気づいていたのか。もっと頭悪いと思っていたのに。
「瑞乃ちゃんは健全すぎるよ」
洗面器にたっぷりお湯を入れるトロ。
「それか、不健全すぎるか」
ざばーんと勢いよくお湯をかけられた。
その晩初めて私たちはセックスした。
私の好みどおりのセックスをするトロを少し意外に思った。自分が自分であることを恥ずかしくさせるセックスを彼みたいな男がしてのけるとはね。
私たちはもうおしまいなんだ。そう思うと、やはりそれなりに寂しくて、私は何度も何度もおねだりした。トロは若さでそれに応えてくれた。癒しみたいなつまらないものを感じる間もないほど、私は絶頂し続けた。
「瑞乃ちゃん、いかれてるよ」
膣に指を突っ込みながらトロは囁く。
「求められることがアイデンティティに繋がらないだなんて」
指がぎゅっと曲げられた。
「私、けちだから」
あえぎ声の谷間にようやくそれだけ答えると、彼はばかっぽく微笑った。
「なるほどねー」
口にも膣にもアナルにも容赦なく押し入ってくる私のペット。畜生ごときに蹂躙されているということは、私が畜生以下であることで。それだけで今までにないほどの恍惚を覚える。
「瑞乃ちゃん、今夜はぐっすり眠ってね」
何度目かに挿入しながらトロが耳元で呪文を唱える。
「瑞乃ちゃんが眠っているうちに、俺、消えちゃうから」
次の飼い主はもっと面倒じゃない女だといいね。そう答えたつもりなのだけど、それは言葉になっていなかったかもしれない。
トロの昂ぶりを子宮で受けながら、私は2度と駅裏には行かない自分を確信していた。