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 ファンタジーのひと




 背中にしかファスナーがついていないのが、憎らしくてならない。でもビッキーはビッキーでなくてはいけないわけで、私はファスナーを乱暴に押し下げると、これまた乱暴に腕を突っ込んだ。
 脇で咲いているキンモクセイがぷうんと鼻を刺激する。
 きちきちの着ぐるみの中無理やり指を伸ばすと、彼(やはり男だった)はとっくに勃起して、突端を湿らせていた。それを認めたとたん、不思議な優越感に浸される自分がおかしい。こんなことにはとっくに慣れていたのではなかったか。
 輪を描く仕草でそのぬめりを人差し指に巻きつけてやると、ビッキーは無言のまま中腰になった。感じている! 私はますます有頂天になった。そしてこんな時でも声を出さない「中の人」を深く尊敬した。
 何をしたわけでもない。いつも客にするように、瞳を……ビッキーの場合は、瞳のイラストを、見つめただけだ。
 小学生のころには既に「いやらしい目つき」と義父に言われていたような、そんな女だ。学校の帰り道、制服のスカートに身に覚えのない精液がくっついていたことも、1度や2度じゃない。中でも1番驚いたのは、中学のころ、発情した近所の犬に、いきなり圧し掛かられたことだ。それを客に話すと、「わかるよ、犬の気持ち」と、舌なめずりせんばかりにますますたぎったりするので、我ながら良い経験をしたものだと思う。
 私は人間でも女でもない、多分おまんこなのだろう。
 おまんこにとって今の仕事は天職だった。インターネットで適当に良さげな店を探し出して、面接であっさり採用され、あれよあれよの間にナンバーワン。最初は本番ナシの店だったが、そんなところではおまんこたる自分がすたる、と、今は本番も大歓迎である。
 性病? それはおまんこの死に方として至極まっとうではないか。

 初めてビッキーと出会ったのは、2度目の男と同棲しているときだった。1度くらい普通の娘らしいデートがしてみたい、と、なんとなく選んだ場所で、そいつは笑っていた。
 貼りついた笑顔のまま、大仰な仕草で腕を回すと、最後に人差し指を空に向けて立ててみせる。これがこいつのお決まりのポーズなんだよ。男は意外にも上機嫌な様子で私に囁き、私は何度も瞬きした。まるで快楽とは逆の場所にいるのに、それでも幸福を凝縮しているようなそれが、純粋に不思議に思えたのだ。
 やがてその男は、まるで初めから存在しなかったかのように去っていき、その後も、幾人もの男が私の部屋に住み着いては、私の金を好きなだけすすり、そしてどこかに消えていった。その間ずっと、私は男の精液を腹にたくわえ続けていた。
 ちょっと思いついてしまっただけだ。快楽は誰にでもあるものではないのか? 快楽なしの幸福なんてありえるのか? そんなふうに。女ひとりぼっちのテーマパークが世間から見てどうかなんて知らない。ただ思いついたら、確かめずにいられなかった。私は一生懸命記憶をひきずりだしつつ、そこに向かった。そして例のキャラクターを見つけ出し、その瞳を見つめた。気づいたらふたり、建物の裏にいた。
 何本かのキンモクセイのせいで、ちょうど表から見えなくなっているその場所。キンモクセイの香りの向こう、家族連れの歓声が遠く聞こえた。
 それは全て、ちょうど自分が働き出したときと同じく、まるで決められていたことのように自然だった。

 粘液をまんべんなく広げると、ねばねばしたそれを柔らかく握った。それは今にもはじけとびそうで、思わず笑みを漏らしそうになる。ゆっくり手を上下してやると、ますます硬く熱くなっていく、けなげなペニス。
 ビッキーはじっとそれに耐えているように思えた。嬉しいのか悲しいのか、その背中は「性の介在しない幸福」しか伝えない。
「やってらんないときだってあるよね」
 手を上下させながら、その耳に囁く。
「おまんこだって、たまには疲れるんだから。ビッキーだって嫌になっちゃうこと、あるでしょ?」
 ビッキーはびくりと肩を震わせた。背後にびったりくっついている私を振り返る。その顔は変わらぬ笑顔だ。
 そして股間を握られたまま、彼は腕を大仰に広げた。そのままその腕をぐるりと回して……「ビッキーは世界でひとりだけ」。
「うん、うん」
 すごく幸せな気持ちになって、何度も頷いた。頷きながら、ずっとペニスをしごき続けた。
 私もおまんこよ。人間じゃなくて、おまんこ。
 手の中のものが急にびくんと震え、直後、熱い液体が私を濡らす。ずしり、と、すべてが重くなったような錯覚と共に、解放された、と思った。私たちはやっと解放されたのだ。
 この先ずっと着ぐるみの内側は乾いたザーメンが貼り付き続けるのだろう。外側は夢の王国と、それをあますことなく享受するために訪れたお客たち。その想像は私の心をひどく落ち着かせた。
 手のひらをゆっくり、熱い液体が伝い落ちていく。私はそれを、まるで涙のようだと思う。
「また来るね」
 呟くと、ビッキーの顔が一瞬、喜んだように見えた。けれどそれは私の妄想だったかもしれない。いや、そうであってほしい。
 精液の匂いはあっという間にキンモクセイにかき消され、その隙間から見える家族連れたちは、まるで御伽噺のように輝き続けていた。




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